
「誰もが笑顔で過ごせる未来をつくる」ため、アクティブに活動を続ける人を紹介するインタビューシリーズ「みらい人(みらいびと)」。
第13回は株式会社Tomune代表佐藤果玲奈さん。高校2年生の時にIQ82の「境界知能」とわかり、自分の特性からわかる「得意なこと」「できること」を探して進路や働き方を選択。現在は、仕事に悩む障がい者や境界知能の人たちを救うためのアプリの開発を構想中です。

株式会社Tomune代表
佐藤果玲奈(26)
境界知能当事者。ものづくりが得意。機械加工技能士一級取得。夫と愛犬パグの3人暮らし。
そもそも、境界知能ってなに?
「境界知能」と聞いて、わからない人も多いのではないでしょうか。
境界知能とはおおむねIQ70以上85未満の状態にある人のことを言います。知的障害の対象にはならないため、たとえSOSを出しても支援は受けられず、単独では障害者年金対象外になり、仕事や生活面で苦労することが多いのが課題です。日本では7人に1人。意外と多い数字だと思いませんか。
佐藤さんが中学生の時に、母親が生きづらさの悩みを抱えた末に、知能検査をすると発達障がいとADHDと診断されました。自身も学力面に課題があり、スクールカウンセラーから勧められ検査を受けると、IQ69の軽度知的障がいの結果を受けます。その後、高校生になり再度検査を受け「境界知能」だったと話しました。

いま思えば、物心をついた時から感情を伝えることが苦手だったと言います。家族に「今日は幼稚園で何していたの?」と聞かれると、自分がどんな風に過ごしていたのかは話せない。
頭に映像は浮かんでも、どんな気持ちになったのかは口にできず、年齢による「言葉が遅い」とも少し違うような気がしました。
「自分の感情がわからない」
子どもの頃は特に記憶が薄かったと話します。境界知能の特性の一つに、新しい情報を深く考えることが難しく、忘れがちになってしまうとか。
勉強は苦手でしたが、小学生の時にはゲーム機のPSP本体を見て「私の好きな色に変えたい」と分解し、細かいネジや部品の位置を図解に書いたと言います。動画をみながら、丁寧に部品をもとの位置に戻し、カスタマイズは大成功。
「難しいことに挑戦できた」と記憶に残る大事な成功体験は、後の進路に影響を与えます。
女子の視線がこわい
やがて思春期になると、同級生たちの会話についていけないと感じた佐藤さん。一度でも周りとズレた発言や行動を取れば、友達から何を言われるかわからず心が疲弊しました。
「女子同士の会話のレベルが高くなり、ラインのメッセージも長く続かずおっくうに。幸い、いじめられた経験はないですが、常に自分がどう見られているのか気になりました」
「ダサいと思われたくない」
「つまらないヤツになりたくない」
「ガッカリさせたくない」
好きになった男子と付き合えても、相手の思いを確認しないまま、すぐに「別れよう」と切り出してしまう。人間関係を続けることの難しさや、会話がうまく続かない自分に疲れてしまいました。

工業高校で覚醒!でも、社会に出てみたら…
中学卒業後は、ものづくりが好きだったことや女子生徒の少ない環境を求めて工業高校に進学。
「担任の先生には、自分が境界知能であることを伝えました。親身にサポートしてもらい、とても恵まれていたんです」と振り返ります。
偏差値が高くない学校だったこともあり、授業をまじめに受けていたことでテストで良い点数が取れるようになりました。さらに、国家試験を目指し、生徒会長に立候補するなどの変わりよう。「学校をもっといい場所に変えたい」と生徒会で活躍し、充実した高校生活を送りました。
卒業後は、大学進学を希望したものの担任と話し合い、就職することに。大手の子会社の内定が決まり、晴れて社会人になりました。しかし、入社1年目の訓練実習中に行う3分間スピーチは佐藤さんにはとても苦痛でした。
「今でも、とっさの対応が難しく、突然自己紹介など振られると困ります。でも、私は視覚で情報を入れることが得意なタイプ。周りの様子を見て真似をすることはできますが、耳で聞き取って理解することが難しいです」。

これまで転職は3回。現在は工務店の事務職で、店のPRなどを行っています。過去には製造の工場や車関係の企業の広報などを行いました。しかし、場所によって得意不得意が大きく出てしまうため、自分で働きやすい方法を探っていきました。
「口で説明してもらうよりも、実演や図や絵で説明してもらえたらいいのになと思うことがよくありました。そういったことでは、私の特性だと工場内で働くことは向いていたと思います」。
工場といえば、床や通路に作業別に色別のラインが引かれ、工具が入っている引き出しを開ければ、物の配置が一目でわかるようになっています。説明書などが目の届くところにあり「どこに置くのか」「何をするのか」を誰が見てもわかりやすい工夫があります。
これは障がいの有無に関係なく、経験の浅い人や外国人労働者にもわかりやすく、安心な職場として環境作りが整えられ、佐藤さんは「障がいや特性が強くて働く場所が見つからない人は、一度検討してみてほしい職種」と話していました。
「工場というと地味な印象で、もっと華やかな職種に就きたいと思うかもしれません。私もそうでしたが、人にはやりたいことと、できることが違うこともあります。そこは見極めて、人の役に立つにはどうしたらいいか、考えてみるといいかもしれません」と現実を見つめて語りました。
結婚・起業 向かう先はアプリ開発!?
私生活では3年前に結婚した佐藤さん。夫との出会いは愛車のジムニーでした。同世代で同じ車に乗るユーザーをインスタグラムで探してはフォロー。すると、福島に住む男性からのDMが届きました。後の佐藤さんの夫です。
「最初は用心して男性のふりをして、投稿していました。彼も私を男性だと思って連絡してきました」笑います。
その後、栃木に住む彼に誘われ、自ら高速道路を運転して会いに行ったのだとか。
「初めて会った時の夫はとても驚いていましたね(笑)」。

自分の好きなことを共有し、安心して会話ができる居心地の良さに惹かれ、二人は遠距離恋愛を始めることに。結婚後は佐藤さんの地元、神奈川県で暮らしています。
「出会いを求めるとき、マッチングアプリで相手を探すのは危険も多いので、趣味からつながる関係もおすすめです。いまは優しい夫と一緒にいられて、とても幸せ」。
さらに、自分と同じように生きづらさを抱えて、仕事が見つからない人たちのために働ける環境を作りたいと株式会社 Tomune (トムネ)を設立。ところが、具体的に何をするのかは決まっていないのだとか。
そこでビジネススクールに通い、経営について三ヵ月間学び、先月卒業。そこで、佐藤さんは社名を使用した「Tomune」というAIサービスを提案します。
内容は、企業の採用側や上司が使うための「個々の特性を知るアプリ」。従業員の特性をアプリで分析し、作業の伝え方、教えた方、指示の出し方を可視化できるAIを導入したいとプレゼンしました。
アイデアのは背景には自らが感じてきた、社内で起きるコミュニケーションのズレや理解の差によるストレスを軽減させたい思いからでした。
発表では「当事者が理解しやすいアプローチ方法を見つけることで、離職者を無くすことができる社会を実現したい」と思いをぶつけます。
しかし、一方ではアンケートを取ると、障がい特性のある当事者からは好評だったものの、企業側からは「高い資金を払ってまで導入したいと思わない」という声もあり、実用化するには課題が多くあります。
現状では、障害者雇用を一定数行う大手企業でなければ導入は難しい面もあるかもしれません。それでも、「働く側が努力する」だけでなく、「職場側も伝え方を工夫する」という視点では新しい取り組みだと感じます。今後はさらにブラッシュアップさせ、協力してくれる企業を探したいと話していました。
「私も同じ、一人で抱え込まないで」
最後に読者のみなさんへメッセージをもらいました。
「境界知能は社会課題でありながら、未だ認知が薄い領域です。私と同じように苦しい思いをしている人がいるとしたら、一人で抱え込まないでと伝えたいです。信頼できる人に相談し、頼ることも大切。少しでも自分らしく過ごせる環境を見つけてほしいと願っています」。

編集後記
佐藤さんと出会うまで、境界知能という言葉すら知りませんでした。
この記事に載る佐藤さんの写真は、どれも笑顔で素敵だなと思います。一方で、同級生たちの会話に苦労した時も争いに巻き込まれないために、なんとなく笑って過ごした日々もあったのではないかと感じました。
いまは、自分と同じような立場にいる人が安心して働けるようアプリ開発に乗り出していると聞き、実現に向けて動き出そうとしていました。ぜひ、今後も佐藤さんを応援できたらと思います。
写真:鈴木智哉 取材・文:飯塚まりな