本誌の編集長・土井唯菜が、話題の人たちと語り合う「編集長対談」。今回は、体の不自由な方が洋服を着やすくするためのお直しサービス「キヤスク」を運営する前田哲平さんに、障がい者の服の悩みについて、お聞きしました。
始まりはCo-Co Life☆女子部の打ち上げ
土井編集長(以下 土井):私もお直し屋さんで働いているので、キヤスクさんを知って、ずっと注目していました。
前田さん(以下 前田):そうですよね。実は、キヤスクの始まりはCo-Co Life☆女子部だったんですよ。
土井:えっ? それはどういうことですか!?
前田:体の不自由な方の洋服に関する困りごとを聞きたいと思っていた時に、Co-Co Life☆女子部の存在を知りました。問い合わせをしたら、打ち上げに誘っていただき、いらっしゃった当事者の方とお話しをしたんです。
土井:そうだったんですね! その時はまだ編集長になっていなかったので、私はいなかったのかな。改めて、キヤスクさんの事業内容についてお伺いしてもいいですか?
前田:はい、キヤスクは主に体の不自由な方向けにオンラインで洋服のお直しを提供しています。自分が着たい洋服を着やすくする、お直しサービスですね。
土井:「キヤスク」という名前も、そのままでわかりやすいですよね!
前田:そうですね。「着やすく」という意味はもちろんなのですが、気軽にお直しを頼めるということで「気安く」という意味もあります。誰でも日常生活で使ってもらえるようなサービス名にしたかったので、親しみがあって社会的に優しさのあるネーミングを考えていて、ある日ふと突然降ってきたんです(笑)。
土井:なるほど、素敵ですね!
当事者の声が本気にさせた
土井:そもそも、キヤスクを始めたきっかけとはどんなことだったんですか?
前田:2018年当時、僕はユニクロで働いていました。ある日聴覚障がいの同僚とたまたま知り合い、話す機会があったんです。その時、その方の身体障がいのある友人が着る服がなくて困っている、という話を聞き、衝撃を受けました。また、同時に、今まで自分の周りには障がいのある人がいなかったこともあり、着たい服が着られない、というイメージがわかなかったんです。それからその話が気になって、ちゃんと理解したいと当事者と話したいと思いました。
土井:それでCo-Co Life☆女子部にお声がけいただいたんですね。
前田:そうです。Co-Co Life☆女子部の飲み会で初めて車いすユーザーの方と話したのがヒアリングの最初です。そこからいろいろな障がい当事者の方々とのべ800人くらいお話ししたり、インターネットで大規模なアンケートをさせていただいたりしているうちに、2つのことに気づいたんです。
土井:2つのこと?
前田:1つは、着たい服をあきらめ、着にくいと思いながら無理をして洋服を着ている方が多いんです。障がいの種類や年齢、性別など多種多様ですが、どの方も「デザイン」ではなく「着やすさ」が洋服選びの入り口になっていて、選択肢が少ないことが共通の悩みということがわかりました。
土井:そうですね……。私もそういった悩みはサポーターの方からもよく耳にします。
前田:あともう一つは、障がいの種類では“着やすさ”をくくることができないということにも気づかされました。同じ脳性まひでも、人によって着やすい服が違うんです。人の好みもそれぞれで、さらに着やすさの違いを掛け算すると、もう無限ですよね。
土井:たしかに。みんなが着やすい服を作るとなると……。
前田:そうなんです、1つの商品で全部をカバーするのは無理なんじゃないかと思ったんです。調査をする前は、みんなが着やすい服を作って提供するのがゴールなのかなと考えていましたが、それではほとんどの人の選択肢にはならないんですよね。それは僕がしたいアプローチじゃないと気づき、じゃあ何をしたらいいのかを模索し始めました。
土井:その時にはまだユニクロにいらっしゃったんですよね?
前田:そうですね。でも僕がやりたいことは、ユニクロでユニバーサルな服を作るっていうことではないんじゃないかと思い始めたら、何をしたらいいのかわからないけれど、とにかく困っている人の役に立てることをしたい、と思ってしまって。何をするか探すには、会社員しながら合間に考えるなんて無理だなと思うくらい気持ちが昂ってしまい、会社を辞めました(笑)。
土井:すごい(笑)! 障がい者の声が前田さんを本気にさせたのですね。そこからどうやって「お直し」につながっていったんですか?
前田:会社を辞めて少ししてから、事故で寝たきりになった娘さんを持つお母さんと出会ったんです。その方が、娘さんに洋服を着せるのが大変で、着せやすい前開きの洋服を探していたけれど、全然ないし、あっても可愛いものじゃないと話してくれました。持っている服をお直し屋さんで直してもらうにも、価格が高くて普段着る服を全部直してもらったらかなりお金がかかってしまう。そこで、そのお母さんは独学で娘さんのためにお直しの技術を習得したんだそうです。しかも今、その技術を他に困っている人のためにお直しをするという活動をされていると聞いて、お直ししてほしい人と、お直しができる人をつなげられれば、たくさんの人に着たい服を着られるようにできるのではと思ったんです。
土井:なるほど、出会いってすごいですね!
着たいデザインを着られるように…着やすくさせるお直しの工夫
土井:実際にお直しをした服を見せていただいてもいいですか?
前田:はい、これは前開きのお直しをしたカットソーですね。前をスナップボタンにしています。
土井:これなら頭からかぶることがないので、動きにくい方も着やすくなりますね。
前田:こちらのカーディガンは、ボタン留めをせずに面ファスナー(マジックテープなど)で留める形に直したものです。
土井:なるほど、これはボタンの穴を塞いで、上からボタンを縫い付けてあるんですね! 前を合わせると、普通にボタンで留めているように見えます!
前田:そうですね、キヤスクは基本的に着たいデザインの服を着られるようにお直しするサービスなので、お直しのデザインができるだけわからないようにするところも、こだわっているんです。
土井:これはシャツの脇から袖まで切って、ファスナーをつけているのですね。
前田:そうですね、片腕が上がらない方などが、負担のないように着られるようにするお直しです。特に、シャツなどかっちりした服の時は、より目立たないところを開いて着られるようにしています。
土井:えっ!これはアウターですよね? 背中の部分が大胆に開いています!
前田:一見、意図が分かりにくいのですが、車いすユーザーや寝たきりの方にアウターを着せやすいようにしたお直しです。冬に車いすで出かける時に、時間がなくて、つい前から逆向きにアウターを着せてしまう、というお母さんは多いと思います。そんな方のために、背中の部分を大きく開けて、前から腕を通して着せられるようにしているんです。
土井:なるほど、そうすれば後ろ前に被せずに、デザイン通り着られますね。背中にファスナーをつけるという手もあるけど、背中に何かが当たるのは痛いですもんね。
前田:そうですね。あとは、車いすの方は背中が蒸れやすいので、開いている方が良いという声もあります。
障がい者との関わりがあるキャストだから頼みやすい
土井:私も本業でお直しの仕事をしていますが、私が所属している会社でもユニバーサルリメイクというメニューはあります。キヤスクさんだからこそできることって、どんなことですか?
前田:キヤスクのキャストの約7割は、障がい児がいるお母さんで、服の選択肢が少ないことを実際に経験されている方です。だからお客様の困りごとをイメージできるので、依頼がしやすいというところが、他店との大きな違いですね。あと、キヤスクの場合は、服を着やすくするためのお直しに特化していて、それ以外の技術をそろえる必要がないので、料金を抑えられているという部分はあると思います。必要な道具も基本的にキャストが持っているものを使っていますし。
土井:それなら頼む方も材料をそろえずに済むから楽ですね。オンラインでの注文というのも、家からできるから体が不自由でも頼みやすいと思います。もしメニューに迷った時は、どうすればいいんですか?
前田:厳選したメニューを用意していますが、やはりそれに収まらない部分はあると思います。もしメニューにないお直しがある時は、お問い合わせいただければ僕たちが一緒に考えます。
洋服から社会を変えていくフロントランナーに
土井:今後、キヤスクで目指していることはありますか?
前田:実際にキヤスクを始めてみて、「服が着やすくなって嬉しい」というお声だけでなく、「頭にケガがあるお子さんに、きょうだいとおそろいの服を着せる夢が叶った」とか「お母さんが若いころに着ていたスーツを、重度障がいのお子さんのためにお直しして、記念日の家族写真が撮れた」といった、家族のいろいろな場面にお役に立てることを知りました。使いやすくなった洋服と、お客様のストーリー、また“思い”を持ってお直しをしているキャストのストーリーなどを、もっと見える化して世の中に発信していきたいと思っています。
土井:それは同じお直しを仕事とする立場の私としても、ぜひ見てみたいです!
前田:キヤスクの経験を通して、もっと世の中に体の不自由な方が抱える洋服の不自由さと、少し配慮するだけで使いやすい物が増えてくるということを、伝えていきたいですね。事業の成長の先に、洋服から社会を変えていけたらと思っています。
土井:そうですね、洋服からでも、それが一つわかれば、衣食住すべてのことに派生していけるんじゃないかって思いますよね。
前田:そう、僕も初めて障がいのある方と接した時、何か大げさで特別な配慮をしないといけないんじゃないかという気持ちになっていましたが、実際に話してみて、「普段のコミュニケーションと一緒だな」と思いました。困っている人に手助けする、というスタンスは障がいの有無関係なく、同じ。今やっていることの延長線でできることをすればいいんだと思いました。だから、100点じゃなくて、10点とか30点とかできることから始めれば、何もしないより世の中は良くなるはず。そういうフロントランナーになれたらいいですね。
土井:なんだか、考え方がCo-Co Life☆女子部と似ていますね! 私たちもできることをできる形で始めて、社会を変えていけたらと考えています。
前田:これからは、物を大切にずっと使うという価値観になっていくと思っています。だから今後、「お直し」に対する価値も上がっていくはずです。そんなつもりで起業したわけではないですが、「キヤスク」はそんな役割も担っているのかもしれませんね。
土井:本当ですね。私も同じ業界で働く人間として、お直しに対するモチベーションが上がりました。服から社会を変えていく、私も意識して仕事をしていきたいです!
前田 哲平さん
株式会社コワードローブ代表取締役CEO。大学卒業後、銀行勤務を経て株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社。店舗運営、新規事業、商品計画、経営計画、インターネット通販の部署に従事し、20年勤める。2021年に起業し、クラウドファンディングを実施。2022年3月、オンラインのお直しサービス「キヤスク」を立ち上げる。
写真:鈴木智哉 文:関 由佳