
「誰もが笑顔で過ごせる未来をつくる」ため、アクティブに活動を続ける人を紹介するインタビューシリーズ「みらい人(みらいびと)」。
第13回は、ナオカケル株式会社 代表取締役・加藤ゆう子さん。

加藤さんは現在、乳がんを経験した次女・中島ナオさんが、生前に立ち上げたオリジナルブランド「ナオカケル」で、さまざまな型の帽子やケアウェアを販売しています。
病気になっても、外見が変わっても、自分らしさやおしゃれをあきらめない——そんな思いを、母である加藤さんがそのブランドを継ぎ、病気や手術をした多くの女性たちに希望を与え続けています。
自分に寄り添ってくれる帽子

「この可愛いベレー帽、誰が作ったんだろう…?」
「このワンピースおしゃれだなぁ」
ナオカケルのファッションに出会ったのは、今年の4月のこと。横浜高島屋で見たインクルーシブファッションPOPUP展示会でした。思わず手に取って見入ってしまったその帽子や服は、どれもやさしさと品の良さに満ちていました。
「デザイナーの方はどなただろう」と会場を見渡していると、「よかったら鏡でご覧くださいね」と優しく声をかけてくださった女性が加藤さんでした。
そこで初めて、デザイナー・中島ナオさんが4年前に亡くなっていることを知ったのです。

ナオさんが乳がんを発症したのは2014年、31歳のとき。当時は、母校の大学で教育系のNPO法人に勤めていました。ある日、ふと触って気付いたしこり。病院で検査をするとステージ3のC期の乳がんと診断されました。
仕事に没頭した日々から突如、治療に専念することになったナオさん。戸惑いながらも、「自分はまだ何かできる」と大学院を受験し、同時に手術を受けました。その後は、抗がん剤を投与しながら学生生活を送ったのです。
「ナオはおしゃれが好きでしたが、抗がん剤の投与で、脱毛してしまうことに悩んでいました。大学院に通っていた頃は、“半年間の治療を乗り越えれば”と希望を持っていたと思います。ウィッグや、市販の帽子をかぶり、周りに気付かれないように工夫していました」と加藤さんは振り返ります。
抗がん剤を終え、髪が少しずつ生えてきたときは、とても喜んだそうです。ですが、頭頂部だけはなかなか戻らず、高価なウィッグを購入したこともありました。
ですが、その甲斐も虚しく、34歳のときに再発。
他臓器に転移し、ステージ4と告げられます。ナオさんはショックを受けながらも、「髪の毛があっても、なくても楽しめる」をコンセプトに、自らリボンや紐を編んで帽子を作り始めました。
次第に作ることを楽しみ、外に被って行くと、「ステキね」と通りがかりの人に誉められ、前向きな気持ちが湧いてきました。
自分らしく過ごせる帽子ーーそれがのちに同じような悩みを持つ人たちに届く、「N HEAD WEAR」と名づけたブランドになっていくのです。
デザインをした後は、さらに形にしてくれるデザイナーや職人を探し、商品化に漕ぎつけました。
今では6種類の、手編みの帽子や西陣織、リバーシブルのベレー帽など毎日の身支度を楽しくさせてくれるアイテムが生まれています。
今回、私も試しに気になるベレー帽を被らせてもらいました。可愛いだけでなく、ふんわり頭を優しく包み、撫でられているような感覚に。安心感に包まれ、どこかほっとする不思議な気持ちになりました。
心地良さと上品さに妥協しない服

さらに、手術をしてから5年半後に開発したのはリラックスウェア「Canae(カナエ)」。
ナオさんが「体調がすぐれない時も、私はどんな服を着て過ごしたいか」という問いからスタートした服でした。
シリーズの一つである水色のスリープシャツには、コットン100パーセントの天然素材。
波のようにあしらわれたフリルが目に飛び込みます。これは単なる装飾ではなく、乳がん手術後の左右差や、締めつけが苦手な方の“目線”や“心地良さ”に配慮したもの。
病気や更年期で下着の締め付けがつらくても、人と会うときには「我慢してでも下着をつける」ことを選ぶ女性も少なくありません。そんな日常に、インナーにタンクトップ1枚だけで、人目を気にせず外へ出かけられる服はなかなかないでしょう。
機能面でも細やかな工夫が施されています。
・袖口は広く、寝たまま点滴を受けても着替えずに済む
・襟付きで、きちんと感がありフォーマルな場でも違和感がない
・4つのボタンで開け閉めの負担を減らす
「製作中は縫製を担当してくださる方と何度もやりとりを重ねていました。がんの当事者としての気付きと、服づくりのプロとしての視点をすり合わせながら、細部にまでこだわって形にしてきたんです」と話していました。

肌の負担を減らして、一年中快適に着られる服。デザインと機能性のバランスを考えた服作りは、決して簡単ではなく、それでも着る人たちのことを思い、寄り添うような服作りをすることへの信念はブレませんでした。
がんと向き合いながら、たどり着いたのは「あかるく、かるく、やわらかく」生きるためのファッション。「被る・着る」で自然と笑顔を取り戻す、貴重なアイテムです。
母として、代表として。ナオカケルは終わらない
ナオさんは2021年4月に38歳の若さで亡くなりました。それから時間が経った今でも、がんで悩む女性たちから、加藤さんのもとには相談や問い合わせの声が届いています。
「ナオが亡くなってから、今後の運営をどうするのか家族会議を行いました。でも、ナオのブランドは、たくさんの方が関わってくださっています。どれも彼女一人ではできなかったもの。だから、ここで終わらせることはできませんでした」

長年、某大手アパレル業界に勤めていた加藤さんは、定年退職を機に、それまで培ってきたノウハウを活かしながら、続けていくことを心に決めました。
中には、お客様から長い文章で、思いのたけをつづったメッセージが届くこともあるそうです。
直接顔を見ることはなくても、がんと向き合う日々や、揺れる心の内が書かれていて、読みながら胸が締めつけられることもあるといいます。
ナオカケルの商品は、どれも職人の手仕事による少量生産。在庫をたくさん抱えているわけではないため、希望する商品がすぐ届かない場合もあります。
それでも「あの帽子を被って、治療中だけど旅行に行きたい」と言った声が届けば、「急がなくては」とできるだけ思いに応えたいと考えています。
「ナオの死と向き合うだけでは、ブランドを続けていこうと思えなかったかもしれません。でも、お客様からのメッセージを読むと気持ちが動かされ、“必要としている人がいる”と思うと、自然と続けることが明確になっていきました」と加藤さんの眼差しは、まっすぐ前を見つめています。
これからも、がんの当事者はいます。
がんだけでなく、大きな病気や治療と共に生きる人も少なくありません。
「おしゃれを諦めたくない」ーーそんな思いを持つ人には、ナオさんのデザインした帽子や服を、これからも届けていきたい。その思いは確かに、加藤さんの毎日を支えるものになっていました。
《取材を終えて》

「がんは、人の美しさを奪う病気ではない。けれど、命は奪う病気です。だから治せる病気にしたい。」これはナオさんが、生前に遺した言葉。著書「がんをデザインする」の本の一節です。
実は私自身、今年の4月に家族が、がんと診断を受け、とても落ち込んでいました。
ほぼ誰にも言えずにいた時、偶然出会ったのが、加藤さんでした。
「今が一番つらいですね」と、寄り添ってくださったその言葉に、ハッとしました。
“今が一番つらい”——そう思えば、いつかは少しずつ楽になれるかもしれないと少しだけ希望が見えました。
実際に今、あのころよりも気持ちは落ち着いています。
あの言葉は、加藤さんが体験した生の声だからこそ救われました。
ナオさんは生前、がんと診断を受けてから、さまざまな活動に取り組まれていました。メディアにもたびたび登場していたそうです。
加藤さんによれば、もともとナオさんは、おっとりしたタイプで、人前に立つことが得意ではなかったとか。ですが、彼女は社会に大きな影響力を与え、まるで自分の分身を生み出すように数多くの痕跡を残していきます。そして「あかるく・かるく・やわらかく」去っていかれたのだと想像しました。
人は人生で何か大きな出来事があると、それまで知らなかった自分に出会うことがあります。どうせ変わるのなら、いい方に変化したい。誰かの役に立つことをして、終わりを迎えたい。
私もそんなふうになりたいと思いました。
「がんになっても大丈夫」と言える社会、その実現に確かな一石を投じた、優しく力強い女性だったと感じています。

ナオカケルより展示会のお知らせ
書籍『がんをデザインする』に掲載されているイラストを描いた、イタリア在住アーティスト工藤あゆみさんの企画展が7/17(木)から8/25(月)まで開催されます。
会期:2025年7月17日(木)〜8月25日(月)
場所:ニジノ絵本屋 (都立大学駅より徒歩3分)
営業時間:12時-18時
(火・水定休日)
上記期間内はナオカケルのプロダクトをミニコーナーで展開予定です。
工藤あゆみさんの素敵な原画とナオカケルのプロダクト(展示&販売)を一緒にご覧いただけます。

《プロフィール》
加藤 ゆう子
ナオカケル株式会社 代表取締役
大手アパレル企業での豊富な経験を経て、次女である中島ナオさんの遺志を継ぎ、ケアファッションブランド「ナオカケル」を運営。病気や治療を経験しても、前向きに日々を過ごしたいと願う人に向け、やさしさと機能性を兼ね備えた衣服・帽子を届けている。
Instagram:https://www.instagram.com/naokakeru/
写真:渡邉誠 取材・文:飯塚まりな